あだなは天然記念物


ぼくは今、家族と別れて、じいちゃんのいなかで暮らしている。
大阪とちがって、空気がきれいなせいか、まだ一度もぜんそくの発作は
起こっていない。
じいちゃんの家には、テレビがない。
「あんなもん」とじいちゃんはいう。
そのかわり、じいちゃんは、いろんな話をきかせてくれる。
それは、民話だったり、戦争の話しだったり、お父さんの子どもの頃の話だったり、
とにかくいろいろだ。
何回も同じ話をすることがあたったが、それはそれでおもしろい。
「一平、これで、鉛筆をけずれ」
宿題をしていると、じいちゃんがナイフを差し出した。
小刀というらしい。
恐竜の歯のように三角にとがった刃先が、光っている。
「こんなん危ない、よう使わん」
「なんの、これしき。すぐになれる」
じいちゃんは、新聞のチラシを広げると、鉛筆を削り始めた。
「芯はこうやって、鉛筆を下において、とがらせるんや。
だますように少しずつ、そっとな。
力を入れたら、芯の先がとんで、目に入るぞ」
ぼくは、おそるそろる鉛筆を削った。
まるで、ビーバーがかじったように、ガタガタになった。
それでも何本か削っていくうちに、、少しだけ、小刀の使い方になれた。

じいちゃんは小刀で、竹とんぼを削る。
真っ青な空を切るように飛んでいく竹とんぼを始めてみたとき、
ぼくは驚き通り越して、感動していた。
「すごーい、つばめよか速い」
「作るか?」
「作る!」
竹とんぼを作り、木切れで船やこまを削っているうちに、
ぼくは、小刀の扱い方にすっかりなれた。
テレビも見ない。ゲームもしない。塾にもいかない。
歌といえばナツメロか民謡を口ずさむぼくは、
みんなから「天然記念物」というあだ名をもらった。
家に帰ってそういうと、じいちゃんは、けっこうなことやないかといった。

ある日、じいいちゃんは、わらぞうりをはいて、学校に行けといった。
この間から、いっしょに編んでいたやつだ。
「足の裏をしげきしといたら、冬に風邪ひかん。それに頭かてようなる」
「いやや、わらぞうりなんかはいていったら、ますます天然記念物といわれる」
じいちゃんは、聞く耳をもたない。
ぼくは、しぶしぶ、わらぞうりをはいて学校にいった。
「おい、天然記念物、こんどは 二宮金次郎か」
あんのじょう、からかわれた。ぼくは、あわてて上靴にはきかえた。
一時間目、先生が大きなだんぼーる箱を持ってきた。
中から取り出したものを見て、ぼくはびっくりした。
(じいちゃんと編んだわらぞうりだ)
「これ、何か知ってるか?」
先生がきいた。
「天然記念物や」
だれかが茶化した。笑い声で教室が揺れた。
「みんなの分もある。くつしたをぬいではいてみろ、気持がええぞ。ほーら」
先生が片足をあげた。わらぞうりの青い鼻緒がみえた。
とたん、ぞうりのとりあいがはじまった。
「今、人間は急ぎすぎてると思わんか。
あわてても、ゆっくり生きても一年は一年やいうのにな」
先生のいった言葉は、じいいちゃんの受け売りだ。
「これから時々、このわらぞうりを編んでくれた一平くんのじいちゃんが、竹馬や
竹とんぼを教えにきてくださるそうや。どうや、作って見たい人はいるか?」
みんな、顔をみあわせて、お互いの体をつつきあっている。
「古いものを守って、次の時代の人に伝えていくことは、大切なことなんや。
めんこ、ビー玉、お手玉、竹返し……。
おしくらまんじゅに、Sけん。あんな楽しい遊び、
みんな、どこへいったんやろな」
「じいいちゃんがいうてた。みんなテレビ怪獣に飲み込まれたんや」
ぼくは、思わずそういってしまった。そして真っ赤になった。
「そうかもしれんなあ。自分の頭で考えて工夫していくことを、忘れてしもてるな。
テレビ怪獣に頭からがぶりとくいつかれんようにせんならんなあ」
「ぼく、竹馬にのってみたい」
ひとりがそういうと、みんな、「ぼくも、ぼくも」といった。
「いいか、今日からこのクラスのメンバーは、全員『天然記念物』や、わかったな」
「やったあ〜」
歓声があがった。

「みんな、おまえがうらやましかったんや」
じいちゃんは手にけったいなもんを持っている。バリカンというそうだ。
バリカンて、なんやろ?
「一平、庭の椅子に座れ」
そのとき、ぼくは丸坊主にされるなんて、思ってもみなかった。