表彰式


石ころじぞう

茂作じいさんは、目がみえなんだ。
赤ん坊のころ、高い熱が出たのが原因で、見えんようになったそうな。
目が見えなくても、茂作じいさんは、毎日の生活はちっとも困らんかった。
それどころか、好奇心の強いじいさんは、どんどん外にもでかけていったので、
村の中じゃけっこう物知りの方やった。
じいさんは、なんでもかんでも手でたしかめておった。
といっても、手でたしかめられんもんは、けっこうあった。
たいがいは、どうでもええもんやったけれど、そのうちのいくつかは、いつも気になって、
茂作じいさんの頭から、はなれなんだ。
それは、「音」というもんと、「におい」というもん、そして、「人の心」やった。
村人がおしえてくれた。
「音は耳っこで、においは鼻っこで、
やさしか気持も怖か気持も、こころん中で感じるもんやで」
茂作じいさんには、その意味がもう一つようわからんかった。
形がないのに、存在するということが、ようわからんかった。
どうかして、自分でたしかめたいと思った。
しかし、「音」も「におい」も「人の心」も、たしかめようのないもんやった。
茂作じいさんはその時、切ないほど、(目がみえたらなあ)と思ったそうな。

茂作じいさんは、村はずれの地蔵さんに願かけた。
「たとえ十日でも、いや三日でええ、わしの目を見えるようにしてやっとくれ」
地蔵さんは困ってしもうた。
実は、地蔵とは名ばかり。
道端の石が風化して、なんとのう姿かたちが地蔵さんのようになったところへ、
だれかしらんが、赤いよだれかけをかけてしもうた。
それ以来、人々が手を合わせるようになり、
とうとう地蔵さんにされてしもうただけのこと。
元はといえば、ただの石ころだった地蔵さんに、
じいさんの願いをかなえる特別な力など、あるはずがなかった。
そんなことは、つゆほどもしらんと、茂作じいさんは、
毎日毎日、村はずれまで通った。
そして、願うた。
「三日でええ。三日でええから、目が見えるようにしとうくれや」
と、来る日も来る日も地蔵さんの体をなでながら、願うた。
願いをかなえる力など何もないただの石ころ地蔵だとはいえ、感じる心はあった。
じいさんのいっしょうけんめいな気持にうたれた。
「それほどまでにいうのなら、わたしの目を貸してあげよう」
というて、地蔵さんはじいさんに、自分の目をかしてくれたと。
茂作じいさんは、三日経ったら返す約束で、地蔵さんから目を借りた。

さて、はじめて世の中のいろんなものを、いっぺんに見ることができた茂作じいさんは、
びっくりしてしもうた。
空も見た。海も見た。山も、まぶしいほどの太陽の光も、雲も、
手にとってたしかめられんかったもんを、みんな見た。
「音」と「におい」と「人の心」は、自分の胸の奥で感じるもんやと、はっきりわかった。
茂作じいさんは、うれしかった。
三日間は、あっというまにすぎていった。
茂作じいさんは、また暗やみの世界にもどるのが、つらいと思った。
かげになり、ひなたになり、じいさんを助けてきた村人たちもいうた。
「このまま、目は返さんとけ」
「地蔵さんは立っとれるだけじゃ、困らんじゃろう」
茂作じさんも、このままでいたい気持の方が強かった。しかし……。
(このまま返さんかったら、地蔵さんの親切をあだで返すことになる。わかっとる。
……が、しかし……)
じいさんは迷った。
生まれてから一度も人をだましたことなどないじいさんは、迷いに迷った。
あげく、三日目の夜遅くになって、やっと村はずれまで行った。
ひたひたと小走りにやってくる茂作じいさんの足音をきいた地蔵さんは、
たいそうよろこんだ。
というのも、地蔵さんは、
(じいさんは、もう戻ってこんかもしれん)と、思いはじめていたよって。
茂作じさんは、遅うなったおわびと、三日のいあいだ不便をおかけしたことを、
とくと、地蔵さんにわびた。
「おかげさんで、この三日間で、いろんなものを見せてもろた。
わしは、ほんにしあわせもんや」
じいさんは、なんどもなんども礼をいうと、地蔵さんに目を返した。
目を返してもらった地蔵さんは「気の毒に、これから先が長いのにのう」
といって、じいさんをいたわった。
地蔵さんとじいさんは手を取り合って、互いに相手のことを思うた。
二人の心がいっしょになったそのとき、地蔵さんの体の中を、何かがつききった。
と、地蔵さんは自分の体に不思議な力がみなぎるような気がした。

地蔵さんに目を返して、すっきりした茂作じさんは、夜道を歩きながら、
やさしい気持でいっぱいになっていた。
(やさしさは見えんけれど、心の中で感じるもんや。ほんに、ほんに……)
と、つくづく思いながら夜空を見上げた。夜空には、星がいっぱい輝いていた。
「美しいのう、なんと、美しい……」
そういいかけて、じいさんは息をのんだ。
み、見えている……。目は、今しがた地蔵さんに返したというのに。
茂作じいさんのよろこんだこと、よろこんだこと。
飛ぶように家に帰ると、真夜中だというのに、心をこめてわらじを編んだ。
明け方になるまで、五足ばかり編んだ。
炊きたてのごはんでにぎりめしを作ると、
じいさんは、まだほの暗い道を、地蔵さんの元にと急いだ。
地蔵さんは、そりゃ、よろこんでくだすった。

朝になり、噂を聞いた村人たちが、
ありがたい地蔵さまをおがもうと村はずれにかけつけたとき、
地蔵さんは、もうおられんかった。
茂作じいさんの編んだわらじのはきごこちが、あんまりよかったもんで、
すたこら歩いていかれたということや。

それにしても、ありがたや、ありがたや.

               
(ホームページ掲載にあたり、些少改正しました)


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