シマシマくん


おくびょうなトラのシマシマくんには、もともとガードマンの仕事は
向いていなかったかもしれません。
コツコツ……。
深夜のビルに響く自分の足音にびくついていたぐらいですから、
強盗におもちゃのピストルをつきつけられると、すぐに失神してしまったのです。
そのぶざまな様子を、ビデオカメラがしっかりとらえていたのも、つらいところでした。
転職するといったって、ただでさえ不景気なこのご時世に、
気の弱いトラを雇ってくれるところなんて、そうざらにはありません。
動物園の折の中もすでに満員でしたし、サーカスは芸ができないと雇ってもらえません。
「はて、これからどうしょう」
シマシマくんは公園のベンチに座って、もう何時間も考え込んでいました。
「おや、なんのにおいだろう?」
シマシマくんは、鼻をひくつかせました。
もののくすぶるような、こげくさいにおい。
あたりを見回すと、公園のすぐそばのケーキ屋さんから、白い煙が出ています。
(なんだろう?)
とのんきに見ていると、ケーキ屋さんの二階の窓ががらりと開いて、
少女が顔をだしました。
「たすけてえ〜、調理場から火がでたの!」
(火がでたって、もしかしたら火事のことだろうか)
そう思っているうちに、1階から火の手があがりました。
(ど、どうしよう)
シマシマくんは、体がこわばってきました。
「たすけてえ〜」
少女がまた叫びました。
「だ、だれか、助けてやってよ」
シマシマくんはあたりをきょろきょろみまわしましたが、自分の他にはだてもいません。
横の窓からも火の手があがりました。
おくびょうなしシマシマ君は、おろおろするばかりです。
「えーっと、110……、いや、119に電話をしなくては。電話はどこだろう」
そんな場合ではありません。早く少女を助けないと!
「ええいっ」
かけ声とともに、シマシマくんは夢中で火の中にとびこんでいきました。
ケーキのショーケースをとびこえ、
火の吹き上がる調理場を抜けようとするシマシマくんのうしろから、
火の手がおいかけてきます。
煙にむせながら、一気に二階までかけあがりました。
窓からのりだしている少女のそばまでいったものの、
階段の下は火の海で、戻ることができません。
窓から飛び降りるしかないでしょう。
窓の下を見たシマシマくんはめまいがして、ぶるぶるふるえだしました。
(おれ、なんで、こんなところにいるんだ)
集まってきた野次馬たちがどなります。
「早くジャンプしろ、なにをしてるんだ、焼け死んでしまうぞ!」
わかっているのですが、足がすくんで、一歩もまえにでないのです。
そのとき少女がいいました。
「きっと、あなたが助けにきてくれると思っていたわ」
気がついたときシマシマくんは、少女をのせて空(くう)をとんでいました。
その見事な跳躍力ったら……。
着地したところは、道をへだてた公園の芝生の上でした。
野次馬から大拍手がおこりました。
(たすかったんだ)
シマシマくんは、へなへなとその場にへたりこみました。
そこへ、消防自動車が到着。
燃え上がる炎を恐れずにてきぱき消火活動をする消防士を、
シマシマくんは驚きの目で見ていました。

少女がシマシマくんに抱きついている写真が、翌朝の新聞の一面をかざりました。
  「勇気あるジャンプ 少女を救う」
  「トラよ あなたはえらかった」
  「あと数秒遅れていたら!」
どれもこれも、シマシマくんの勇気をたたえる記事ばかりでした。
それからというものシマシマくんは、今日はテレビ出演、明日は雑誌のインタビューと、
シマシマくんは、急に忙しくなりました。
勇敢な、いえ、勇敢だとおもわれてしまった臆病者のシマシマくんは、
「勇気」について講演をしながら全国をまわっている自分が信じられませんでした。
消防団にぜひといわれたのですが、それなら、講演をする方がましだと思ったのです。
(少女といっしょにケーキ屋さんをしたい)
そのことすらいえないシマシマくんなのでした。