今日はこんな日

10月24日 わたしの人生を導いてくれる人。くれた人。

★鉢にふたをしておいてよかったです。水があふれ、メダカが流れ出すともかぎらない。気を付けまなければ。

発泡スチロールの箱で、日向水をこさえています。越冬させるのに、小さな鉢よりも、水が4倍近く入る発泡スチロールの箱の方がいいように思います。

こちらにも石でトンネルをこさえました。

★昨夕のお鍋の残りで、雑炊をこさえました。おいしかったです。

 

 ★83歳になりました。まだ83歳かって感じです。早く90歳になってみたいです。めざすは90歳。もし、その年になるまで生きられるとしたら、それまでの7年、自分らしくしっかり生きるぞ。そう思えたのは、ワーキングホリデーでがんばっているうーがのおかげです。英語が得意でなくて、短期間だけ日本人が就く仕事の多くはほぼ人と会話のない裏方の仕事のようです。例えばレストランのキッチン、ホテルの清掃、牧場で家畜の世話など。うーがは、あえて現地の人と接するレストランのホールを希望したそうです。英語で履歴書を書き、受かった中からホームステイ先から徒歩で通える店を選び、今日が初仕事でした。言葉の通じない部分は、ジェスチャーと笑顔で乗り切ったとラインが届きました。様子が目に浮かびます。初日だというのに、ハッピーバースデーのケーキを提供する役をマネージャーに仰せつけられ、パフォーマンスが大好きなうーがは、歌いながらテーブルまで持って行ったそうです。すごく盛り上がってよろこんでもらえたのですが、そのあと、お客さんが一斉に2番をうたい出したそうです。2番があったの? と耳を澄ませると、全く知らない言語だったすです。多分、それ、マオリ語だと思います。ハカでお馴染の原住民の。現地の人のハッピーバースデーを祝いながら、わたしのことを思ってくれたそうです。うーがの生き方が、これからのわたしの人生を導いてくれそうです。

ママがごはんに誘ってくれました。前からそう言ってくれていたのですが、昨夜、うーがからママにラインがあって、「ばーばの誕生祝い、忘れんと、きちんとしてよ。わたしのいない間、重い物は持たせないでね」とダメ押しがあったそうです。9月にふたりで祝ってもらったのに、またお祝いしてもらいました。ママに、どこでも好きな店にと言われたので、「志る幸」を選びました。この店は、昔からある店で、娘時代にたびたび行ったことがあります。中は、全く変わっていませんでした。

利休弁当も昔のまま(白みそがつきます)でした。

そのあと墓参して、母に生んでくれたことを感謝しました。母がわたしを生んでくれたから、娘たちが生まれて、うーががいるのです。そのあとビアガーデンで、もう1回祝ってもらいました。びっくりの、ほんとにびっくりのプレゼントももらいました。

★人生を振り返ると、いくつかのターニングポイントがありました。すべて、人との出会いですが、60歳を過ぎたわたしの人生を、更に生きがいある方向に導いてくださった方との出会いがあります。「目の見えない子ねこどろっぷ」や「動物の義足屋さん」など10冊近い本を手掛けてくださった編集さんです。今は、違う部署に移られて、それからのわたしは、作家として休眠しています。会いたいなと折に触れて思っているのですが、今では遠い人になってしまいました。そう思っていたのに、プレゼントが届きました。

いつまでも思ってくださっていることに、感動です。

メッセージカード、うれしく読みました。ありがとうございます。

2026年10月
月 火 水 木 金 土 日
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

1943年生まれ
羊年・B型・さそり座
48歳で童話教室に通い始め
54歳で単行本デビュー
80歳の現在に至る

日本児童文芸家協会会員
日本ペンクラブ会員

メールはこちらへ