5 Jun 2026
★偶然、今日は6月4日。ムシ野菜の日? せいろや蒸し器はもっていないのですが、電子レンジでパスタを茹でる容器で、蒸し野菜がおいしくでき上がりました。

茹で汁は栄養ばっちり。アラの塩焼きを入れてスープにしました。

キャベツの外側は、昆布を入れ、ピクルスにしました。
★何をしていても、上松宏子さんのことが頭をよぎります。笑うツボが同じで、些細な日常を電話で報告し合いながら、おもしろがって大笑いして盛り上がったものです。昨日、日記に書いたこと以外にも、いろいろ思い出します。高野山から歩いて下山しようという流れになり、雪の積もった山道を迷いながら「遭難したかも」とどきどきしながら麓の町までたどりついたこと、旅先で遭遇した田舎芝居に夢中で投げ銭をしたこと、温泉町で、古いおひなさまに出会ったこと、わたしが二度寝をしてバスツアーに遅れそうになったことなど、あれやこれや思い出し笑いの話題は尽きませんでした。
近所だったときはお互いの家を行ったり来たり。淹れてくれるお茶が上等で、とてもおいしかったこと、互いの夫が果物が大好きで上松さんが箱買いしてくれた果物をしばしば分け合ったこと。みんななつかしいです。いい友だちだったんだとつくづく思います。
彼女が定年後習い始めたオカリナが上達して、発表会のときにおそろいで着る洋服やコサージュをみんなの分も、こさえていたよね。ついこの間の演奏会の分も。いい人なので、すぐに引き受けてしまうのよね。洋裁やアフガン編が得意で、うさぎ年の年賀状にアップされていた編みぐるみの可愛い人形のことも、最後になってしまった電話で話題になりました。その編みぐるみ、もう一度見たくなり、探しました。あれは、たしか、ウサギ年だった……。
みなさんからいただいた年賀状、大切に保管しています。

ありました。ひ孫誕生に編んだと書かれています。

ご兄妹も多く、みんな仲がよくて、長生きされたご両親の面倒もご兄妹でしっかりみていたよね。3人の息子さんたちもそれぞれいい家庭を作られ、最後は、ご家族に見守られて旅立たれます。
夜、沢口さんのお母さんから電話があり、ふたりで上松さんを偲びました。靖子さんが高校生だったとき、ドイツから少年サッカーチームが来て、そのうちの何人かが上松さんの家にホームステイしていたのですが、ひとりの少年が練習試合のお応援に来ていた靖子さんを見初め、ホームパーティに呼んでほしいと懇願したのが、上松家と沢口家のつながりの始まりです。その後、靖子さんが東宝シンデレラに選ばれ、明朝東京へ旅立つという夜に、日課になっていた散歩の途中で上松さんと靖子さんに会いに行きました。町子ちゃんもいっしょだったよね。40年も前の、愛おしい日々です。
